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札幌高等裁判所 昭和38年(オ)150号 判決 1966年11月16日

控訴人 池田克己

右訴訟代理人弁護士 小谷勝市

同 田村武夫

被控訴人 株式会社興信商会

被控訴人 合資会社長谷川製材所

右両名訴訟代理人弁護士 野口一

同 村部芳太郎

被控訴人 牧野松男

主文

原判決を取り消す。

控訴人に対し、

被控訴人株式会社興信商会は別紙目録第一、第二記載の土地につき、釧路地方法務局昭和二九年九月一八日受付第三六四〇号所有権移転請求権保全仮登記及び同法務局昭和三〇年一〇月三日受付第四二一五号所有権移転登記の、

被控訴人牧野松男は別紙目録第一、第二記載の土地につき、同法務局昭和三二年二月九日受付第六八九号所有権移転登記の、

被控訴人合資会社長谷川製材所は別紙目録第二記載の土地につき、同法務局昭和三六年三月二七日受付第三六九六号所有権移転請求権保全の仮登記の、

各抹消登記手続をなせ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一  本件土地が控訴人の所有であったところ、これにつき被控訴人らを権利者とする主文第二項記載の各登記が順次なされていることはいずれも当事者間に争いがなく、被控訴人らは右各登記はいずれも有効なものであり右のうち控訴人から被控訴会社への所有権移転本登記は被控訴会社が昭和二九年九月一七日控訴人に貸与した金一三万円の代物弁済として本件土地を取得したことを表示するものであると主張し、控訴人は右金員借入及び代物弁済の事実を争うので判断する。

二  <省略>を綜合すれば次の事実が認められる。

「控訴人は酒、煙草、その他日用雑貨の小売業を営む実母ミ子と同居しているものであるが、ミ子は勝気な性格で控訴人が成人に達し海運局、日通等に勤め妻子を有するようになってからも、自己の一存で家事一切を切り廻しており、加えて昭和二九年当時にはとかくの風評のある訴外大西康之、村山某、佐藤某等がミ子のもとに出入し、且つ金融等の面でミ子を利用していたので、控訴人は右大西等の出入を嫌いミ子との間も気まずくなっていた。

そのような状態であったから、控訴人は昭和二六年三月訴外旭土地合資会社から本件土地を購入したが、昭和二七年六月六日右土地をミ子の営む雑貨店の営業資金借受けのための担保に提供し、ミ子に対し訴外株式会社北洋相互銀行を権利者とする根抵当権設定契約を締結すること及びその登記手続をなす代理権限を与え、自己の印鑑証明及び実印を預けたことはあるが、(右根抵当権設定契約及び登記手続をなすことの授権の点は当事者間に争いがない。)以後本件土地につき何らの権限を与えたことはなかった。

ところがミ子は右大西康之の依頼をうけ、同人が訴外河崎政次郎個人(当時は被控訴会社の取締役ではあったが代表取締役ではなかった)から借り受けていた金一〇万円の貸金債務の弁済のため、昭和二九年九月一六日頃金融業を営む被控訴会社に金借を申込み、当時の被控訴会社専務柴田某、取締役河崎政次郎らから担保を要求されるや、控訴人に無断で控訴人の部屋の金庫から本件土地の権利証を持ち出して右柴田らにこれを提示したところ、右柴田らは右権利証の所有名義人が控訴人であるところから、同女の承諾を得て控訴人を借主としミ子を保証人として金一三万円を貸すことにした。その際ミ子は柴田らから書類作成のため控訴人の印鑑を要求されたがこれを所持していなかったため、偶々所持の同女の認め印を控訴人の印鑑として同人らに手交し、同人らは右認め印を控訴人の実印として改印届をしたうえ、これを利用して書類を作成した。次いでミ子は被控訴会社の要求に応じ、前記控訴人に無断で持参した権利証を利用して、右債権担保のため弁済期日に右貸金の返済をしないときは債務の弁済に代えて本件土地の所有権を被控訴会社に移転する旨の停止条件附代物弁済契約を締結し(但し登記簿上は売買予約の仮登記をなした。)翌一七日、利率日歩三〇銭、弁済期同年一〇月一六日の約定で計算した利息約二万円弱を天引した金一一万円余の交付をうけた。

その後被控訴会社はミ子より前記貸金に対する利息の支払をうけるとともに右貸金債務の弁済を昭和三〇年一月一一日まで三〇日を単位として三回に亘り猶予したが、結局元本の弁済をうけ得なかったので昭和三〇年一〇月三日前記仮登記の本登記手続をなした。(右本登記をなしたことは当事者間に争いがない。)」<省略>。そして他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、訴外ミ子は控訴人から昭和二七年六月訴外株式会社北洋相互銀行から金借するに際し控訴人を代理して本件土地に根抵当権を設定しその旨の登記手続をなす権限を与えられたことはあるが、右契約及び登記手続終了後は本件土地につき何らの権限も与えられていなかったというべく、同女が昭和二九年九月一七日附で被控訴会社となした本件土地の停止条件附代物弁済契約は控訴人から与えられた前記代理権限消滅後その権限の範囲を越えてなされた無権代理行為であるというべきである。

三  尤も<省略>によれば、(イ)ミ子は一人息子である控訴人が二才の時夫に死別し爾来昭和三六年に至るまで自己の名において酒類、煙草、その他日用雑貨の小売業を営み、その後は有限会社組織にして自ら代表取締役となり引続き右営業を継続していること、同女は性格が勝気で控訴人を養育している間は勿論、控訴人が結婚した後においてもなお家事一切を自己の一存で処理してきたこと。(ロ)控訴人が同女と居住している家屋は同女の実家で建築したものであるが昭和二七年五月二一日控訴人名義に保存登記されたものであり、その敷地もその頃訴外旭土地合資会社から控訴人名義で購入され、また本件土地も昭和二六年三月二〇日控訴人名義で代金五万円足らず(坪二四〇円の割合)で購入されたものであるが、同女は自己名義の不動産を一切所有していないこと等の事実が認められるが、他方当審における控訴人本人の供述(第二回)によれば本件土地の購入資金の大部分は控訴人の給料を貯蓄したもので賄われていることが認められるので、本件土地をもって、その名義が控訴人にあるのみで実質的にはミ子の所有に属するものとはいうをえず、従って右(イ)、(ロ)の各事実及び当事者間に争いのない控訴人が昭和二七年六月ミ子に株式会社北洋相互銀行から金員借入をなすにつき本件土地に根抵当権設定契約を締結する代理権限を与えた事実を考慮に入れても、ミ子が本件土地につきその管理処分等の包括的な代理権限をもっていたものとたやすく推認するを得ない。

四  そこで進んで表見代理の主張について判断する。

被控訴人らが基本代理権として主張する事実のうち、(イ)昭和二七年六月の訴外株式会社北洋相互銀行との取引についての代理権が存在したことは当事者間に争いがないが、(ロ)昭和二九年五月頃の訴外遠藤末蔵からの金員借入についての代理権については、控訴人がミ子に被控訴人ら主張のような代理権を授与したことを認めるに足る証拠がないから、結局ミ子は右(イ)の代理権限消滅後その範囲を越えて被控訴会社との本件停止条件附代物弁済契約を締結したというべきところ、当審(第二回)における被控訴会社代表者本人の供述によれば、被控訴会社の専務で本件取引につきミ子と交渉した柴田某はミ子に対し控訴人の来訪を求めたところ、ミ子から本件土地はミ子が控訴人に買ってやったものであり他に担保に提供したこともあるというので控訴人に面接することなく右代物弁済契約を締結したことが認められるが、前顕甲第二一号証及び当審証人池田ミ子の証言によれば、ミ子は本件取引で被控訴会社に約束手形を振出したがその際右柴田に自己の認め印(前記本件取引の際偶々所持していたもの)を預けたところ、同人は昭和二九年九月一六日右認め印を控訴人の実印として改印届をなし同日印鑑証明の交付をうけ本件土地につき前段認定の仮登記手続を経由したことが推認され、<省略>他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうだとすれば、被控訴会社(その衝に当った柴田某)としては、右本件取引につきミ子の使用した印鑑が控訴人の真正な印鑑でないことを推知し得たものというべく、またそのことから、真にミ子が本件取引につき控訴人の代理権を有するものであるかどうかに疑いを抱いた場合であるか、(その代理権に疑いを抱かなかったなれば、改印届などという廻り途をせずとも、端的に届出印鑑の提示を求めている筈である)少くとも常人なればその疑いを抱き得べき場合であり、加えて前認定のとおりその際の貸金が当時の被控訴会社の取締役であった河崎政次郎個人の前記大西康之に対する債権の代位弁済に使用され(右事実は当審(第二回)における被控訴会社代表者本人の供述によっても認められる。)ているのであるから、控訴人本人がこのために担保を供することを承諾するが如きは極めて特異なことであることもまた容易に判断し得るところであったところ、一方、控訴人はミ子と同居していて被控訴会社ともそう遠くない場所に居住していたのであるから控訴人に右代物弁済契約を締結する意思があるか否かを確かめることは極めて容易であったと認められるにも拘らず、前記のとおりミ子の言動を軽信し、同女に控訴人を代理する権限ありと信じて本件代物弁済契約を締結したことは金融業者たる被控訴会社としては重大な過失があるといわねばならない。

よって本件にあっては表見代理の成立はこれを肯認することはできない。

五 そこで更に進んで被控訴会社らの追認の主張につき判断する<省略>。

六 以上の通りで控訴人、被控訴会社間の本件土地の停止条件附代物弁済契約の成立は認められないから、爾余の点を判断するまでもなく、被控訴会社を権利者とする本件仮登記及び右仮登記の本登記は実体を欠く無効のものというべく、被控訴会社から順次移転をうけた被控訴人牧野松男、合資会社長谷川製材所を権利者とする各登記もいずれも実体を伴わない無効のものというの外はないから、所有権に基づきこれが抹消を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。

よってこれに反する原判決は不当であるから取り消すこととし、<以下省略>。

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